白珠の巫女

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STAGE 2


 一夜明けた、次の朝。
 用意された部屋の、思いのほか上質のベッドにクリスは腰掛けていた。身支度はとうに出来ている。金色の髪も今日はすっきりと束ねていた。緋色のマントを羽織れば騎士隊員の正装が完成だ。
 もちろん四六時中この格好でいるわけもない。理由はあった。
「そろそろかな」
 クリスがひとりごちたところへタイミングよく、扉が叩かれる。
守護殿しゅごどの
 昨日の女官だ。返事をしながらクリスはマントを取り、扉を開いた。
「巫女様の用意がお出来です」
 それだけ言うと女官は背を向けて歩き出す。ついてこいということだろう。マントを胸許で止めながら、クリスは後を追う。
 実はまだ、クリスは自分のあるじたる宝珠の巫女に逢っていない。時間が遅いからと言われ、昨夜は与えられた一室で床について終わった。酒飲んでたのがまずかったかなあとクリスは思っていたりする。
 ともかくこれが初対面となるのだ。宝珠の巫女はあまり人前には出ないから、クリスはその顔を知らなかった。そもそも守護騎士の任命があるということは白珠の巫女は最近代替わりした可能性が高い。
 女官が案内したのは、思ったよりは小さな部屋だった。
 真正面の壁に広い窓があり、朝の光がいっぱいに射し込んだ、居心地のよさそうな空間だ。その光を浴びて、人がひとり立っていた。逆光で顔が見えない。
「巫女様。守護殿です」
 くだんの女官は一礼してそう告げると、役目は終わったとばかりにすたすたと部屋を出ていった。クリスは唖然と、ただそれを見送る。
 くすくすと、笑い声がした。
「相変わらずですね、彼女も。愛想がなくて。あなたもお気の毒に」
 ふ、と部屋の光量が半減した。布で遮ったようだ。
 おかげでクリスは、やっと目の前に立つ人物の顔を認識することができた。
 極上の布をふんだんに使った、白を基調とするゆったりとしたローブをまとったその人が、白の宝珠の巫女であることは間違いない。
「本日より白珠の巫女様にお仕えいたします、クリス=スタインと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
 騎士隊流の――当然、男性式だ――仕草で丁寧にクリスは礼をした。
「エアリアス=セシル=ラフィードです。こちらこそ、よろしく」
 クリスが顔を上げるのを待って、巫女はにっこりと笑ってそう答えた。最初に聴いたときにも思ったが、やはり声がわりと低い。
 失礼にならぬよう注意しながら、クリスは自分のあるじの姿をあらためて見直した。
 フェデリアでも、北の地方の出身に見えた。透けるような白い肌に、アメジスト色の瞳。ケープからこぼれたまっすぐな髪はプラチナブロンドで、光をはじいて美しい。
「それにしても、お噂どおりの方なのですね」
 笑みを残したまま巫女は独り言めいて言う。何のことかとクリスは首をかしげたが、巫女はすぐにその表情を読み取って解説してくれた。
「騎士隊唯一の女性でありながら、なまじの男性よりよほど洗練された紳士の振る舞いをなさると。あなたが女性であることが残念でたまらない者は多いのでしょうね。この巫女殿でも、あなたが私の守護として来られると聞いて有頂天になっているものばかりで。レナ――さっきの女官にあなたの案内を頼んだのも、彼女が珍しくそういうことに興味の薄いたちだからなのですが」
「……はあ。光栄、です」
 クリスは表情に困ってしまう。面と向かってこういう事を言われると、どう対応していいのかわからない。素直に喜ぶのも、さすがに抵抗があった。
「すいません。困らせてしまったようですね」
 白衣の巫女は微苦笑を浮かべた。なかなか、人の表情に聡い。
 歳はいくつだろうと、漠然とクリスは考える。あまり変わらないようにも、ひどく離れているようにも思えた。
(年下、ということはさすがにないだろうなあ……)
 だが代替わりがあって間もないのならば、当然巫女はかなり若い人物であるはずだった。巫女選びの祭典はいつも、十二から十八までの乙女を募って行われるはずだからだ。
「あの。なにか?」
 考え込んでしまったクリスの顔を、間近で巫女が覗き込んできた。至近距離で見てもたいした美貌だ。同性とはいえ思わずクリスは一瞬見惚れ、それからその問いが自分に向けられていると気付いた。
「なんでもありません。……失礼しました」
 クリスは顔を赤らめる。巫女は再び笑い声をもらした。


「守護をお願いするといっても、剣を振るっていただく仕事がそうある訳ではありません」
 椅子を勧められて、その向かいにさっさと白珠の巫女が腰を下ろしたので、クリスもためらいながらもその上品なつくりの椅子に腰掛けた。
「今のフェデリアは、宝珠の力がある程度安定していますから。私は最初、守護騎士をあえて任じなくとも良いと言ったのですけれどね。そういうわけにはいかないと、女官たちに怒られてしまいました」
 巫女は肩をすくめる。クリスは少しあきれた。
「当然でしょう。宝珠の巫女様になにかあったら、この国はどうなります」
「そう言われると申し開きもありません。一応これでも、自分一人のからだではないと自覚はしているんですよ」
「ならば観念して、おとなしく守られてください。……私では役に足りぬかもしれませんが」
「いいえ」
 ゆるりと、巫女は首を振る。さらさらと銀の髪が鳴った。
「私が貴方を望みました。守護騎士がどうしても必要ならば、その役目はクリス=スタイン殿にお願いしたいと」
「……え?」
 クリスは目をしばたたいた。
 銀髪の巫女の告げた言葉の意味を、一瞬捉えそこなって。
「無論私の一存ではありませんけれど。隊長殿に意向を伝えるくらいで。……すぐに賛成のお返事をいただけました。だからかえって、申し訳なくて。有能で、剣術の腕も達者でいらっしゃるのに、ここではそれを発揮する機会もそうないでしょうから」
「とんでもありません」
 ほのかに顔を赤らめて、クリスは巫女を真正面から見詰めた。
「剣の腕など、なくても済むならそれでいいんです。私は剣術がやりたくて騎士隊に入ったのではありません。男と対等に働けると、見せる手段に選んだだけです。それよりもこのような大任に就かせていただいたことのほうが、私には嬉しい。認めてくださっているのだと、思えますから。……ありがとうございます」
 深く、クリスは頭を下げた。そして破顔する。心からの笑みだった。
 男ばかりの世界に飛び込んだ自分の選択が、けして間違っていなかったと。そう思えて、本当に嬉しかった。


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